生ノ物【ヒト】

岡啓輔

蟻鱒鳶ル-即興が即興を生む空間

東京三田の再開発地区に突如として現れる、得も言われぬ奇怪なフォルムのコンクリートの要塞。蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)。有名無名問わず国内外からこのビル見たさにこのビル訪れる人は途切れない。

都合により今はシートで覆われた建設中のビルの入口をくぐる。ヘルメットやら手袋やら部材やら粉砕したブロックやらいろんな途中物が散乱する空間には誰もいない。
すいませーん、こんにちわー、おーい・・・何度か大声を張り上げた頃、オーナーであり設計者の岡さんがぬぼっと笑顔で現れた。野生な風貌とデリケートな照れ笑い。約17年ぶりの出会い。この雰囲気はあの頃のまんま。なんだか安心した。

会うやいなや、毎度毎度のホスピタリティなのだろうか、すたすたビル内を歩きながら建築の特徴を丁寧に事細かく語り始めた。本当は日が陰る前にてきぱきとスチールを撮って収録場所も決めて進めたかったのだが、せっかくなので身を委ねてみた。

ビルの中を進めば進むほどに、各所に現れる多様な文様模様の痕跡。
大胆な切り口のフォルムの数々。ひとつとして同じものはない。
岡さんのガイダンスを聞きつつも、この魅惑的な有り様に目を奪われ、ついつい何度も足を止めてしまう。通常の建築物は仕上げまで長くて3年〜5年というのに、ここはなんせ17年間も作り続けている建物だ。どれだけ特異なつくりかたであるかが見ればわかる。触れば気づく。そこらかしこからじわっと感じる時間の集積物。

まもなく日は暮れ、われわれも地下に潜り、そこらへんに散らばった板キレを集め、
むき出しのスタジオが完成。収録がはじまった…

久々に会った岡さんはあの頃と変わらない岡啓輔だった。
野生的でおおらかでありながら繊細で細やかな心の持ち主。
独特なゆっくりとした間合いながら、優しく確信をもった話し方に、ついつい聞き入ってしまう。雑多な個性に寄り添って万事ウェルカムにしてしまう包容力。話せば話すほど、よりそれを感じた。

蟻鱒鳶ルとは、「在ります」という意志表明+海外のホテルによくある○○トンという組み合わせがまずあって、陸・海・空に生息するたわいもない生物名を当てて命名されたという。
ここに来る前は、この奇怪な生命体ともいえるコンクリートの要塞に向き合い孤高につくり続けている姿を想像してたわけですが、実は岡さんの毎日つくり続ける充実感とオープンマインドが多種多様な人をアリマストンビルに惹き込み、関わる人訪れる人がさらに人を呼び発想を生み、結果、岡さんが想像もしなかった生き物に変容しているという事実。

幼少の基地づくりに端を発した無類の建築オタク
建築物見聞のための自転車の旅では日本全国をゆうに2周はしちゃったらしいし、
待合せの合間でも、上映中の映画に出てくる建造物さえも、いつのまにかスケッチしてしまう、とか。
そんな姿を見かねて、ついには、建築の師匠から1年間の建築禁止令が発令!!
建築が好きすぎて上京からずっと通い続けた高山建築学校だったのに…なんと…。

仕方ないのでやってみたダンス。子どもの頃は体育1か2で運動オンチの岡さんから最も遠ざけた存在。
ところが、やってみたら意外にハマってしまった。え〜っ?と本人が一番驚いた。
踊りの師匠和栗由紀夫さんから学んだ頭と体の抜きつ抜かれつの関係性がなんせ神泉で面白すぎた。
ついには、岡さん自身がひとり歌舞伎町の道に立って建築物のように眺められる存在になるとは。
通りがかる人や天気や時間によっても日々変化するダンスと自分。道に立つ建築のように、自分も道に立つことで見えてきた新鮮な即興の世界

その感覚は仲間とはじめた伝説の 岡画郎 にも引き継がれた。
マンション2階の一室の道に開かれた窓スペースに展示された作品や発想を、道を挟んで反対側の道路を通りすがる人が眺め何かしらリアクションすることで生成するインタラクティブな企画の連続。
毎週金曜夜に開催された企画会議ではアーティストや思想家、ミュージシャン、詩人、パフォーマー/ダンサー、アクティビスト等、あらゆるジャンルの表現者が立ち替わり集いさまざまな企画が生まれ、毎月展示が入れ替わり多くの人を巻き込んでいった。

場所と道と人と

建築物は道に立つもの。道から眺めるもの。
通りすがる不特定多数の人々の視線や自然の力にさらされ変化するもの。
いろんな感情や感覚や想いを受け入れる器。

舞踏ダンスや岡画朗の経験を経て、今の蟻鱒鳶ルがあることは間違いない。
ある程度いかようにでも臨機応変に即興的なアイディアやアクションを受け入れられる。

話は蟻鱒鳶ルに戻る。
土地を買った頃、4〜5年はぼーっと土地を見つめる時間が続いたという。
できるだけ即興で、つくりながら生まれたことを盛り込みたい
長くもちする建物をつくりたい
そのために選んだのが水分を極力減らした質の高いコンクリートづくりと型枠の時間を長くした製法へのこだわり。ガラス質を多く含み鍾乳洞の岩石のようにてらてら艷やかである。一般的な建築物ではコンクリートの耐久年数は25〜35年とされるが、このビルのそれはなんと200年はもつであろうといわれる。
耐久性への試みは、30代の頃、作業効率とコストパフォーマンスを重視する建築業界の慣例に埋もれる中でいつのまには生死をさまよう事態に陥った自らの経験や職人さんへの冷待遇も裏付けにもなっている。経済効率を最優先した劣化への一石と挑戦。

なにもかもが、これまでいろんな建築家が見向きもしなかった方法論。知ってても避けてきたアプローチ。3Dプリンタがどんだけ発展しても決してまねできない。生粋の建築オタクの直感と強い意志と生きる力だけがなせる技
世界中でこんな方法でつくった建築はないでしょ。
人が行き交う楽しい基地がつくれると信じ込んで実際毎日リアルに実践してるし。まだまだ時間が足りないなとかつぶやきながら。その充実感におみそれいたしました。

踊りも旅も即興が面白いんだよね

ここではたらく人たちはみな楽しそう。はたらいてるというよりは、それぞれの視点で伸びやかに丁寧につくりつづけてる姿は、本当ぜいたくでうらやましく思えた。ここでは職人さんが輝ける。楽しみがさらに楽しみと発想を呼ぶ。アーツアンドクラフトの精神

自力で石を積んで自分だけの宮殿を建ててしまったJ・F・シュヴァルと沢田マンションの話を持ち出して、建築オタクの岡さんがにこやかに言った。

建築やるといい人になるのよ、本当に面白い人ばっかりよ。

場所つくって、たくさんの人が集まってつくるほうが風通しよくなるしね。

蟻鱒鳶ルは、岡啓輔とそこに集う人たちの即興的な営みがつくる空間。
人のいいエネルギーがあってこそ場所は動き出す。
楽しんでつくったものは美しい。
完成しても、なお、即興が即興を生みつくりつづける場所として生きていくに違いない。

これからもなんども行ってみたい場所のひとつだ。

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岡啓輔 Twitter
https://twitter.com/OkaDoken

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NUN podcast #14
蟻鱒鳶ル-即興が即興を生む空間
ゲスト: 岡啓輔

【前編 / 72:00】


【後編 / 70:00】



収録:2022年11月1日
ナビゲータ: ギーコ
アジリテータ:イタミヒロシ

岡啓輔

一級建築士

1965年、九州柳川生まれ、船小屋温泉育ち。一級建築士。86年有明高専建築学科卒業。会社員、鳶職、鉄筋工、型枠大工、住宅メーカーなどを経験、88年から高山建築学校に参加、現在も続けている。95年から2003年まで「岡画郎」を運営。20代、舞踏家・和栗由紀夫に師事し踊りを学ぶ。03年、「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」案が「SDレビュー」入選。05年、東京・三田で「蟻鱒鳶ル」着工、現在も建設中。18年、筑摩書房から『バベる!自力でビルを建てる男』を出版。同年にはアメリカでの個展を開催。手作りの良さを大切にする「アーツアンドクラフツ」精神が根付くイギリスの建築界から熱烈に支持されるなど、海外の評価も高い。