生ノ物【ヒト】

団塚 栄喜

風景司 みわたさるるもののつかさ

急な階段をノソノソ登って団塚さんが現れた。
ビシっとネイキッドなファッションでキメた大きめの身体でリュックを揺らし、いつものように屈託のない笑顔とともに。

横須賀の団塚さんのアトリエ兼住居 ikusa は、この地特有の128段の階段を登った突き当りにひっそり在る。静かな自然に囲まれ横須賀の海が間近に迫るように見渡せる。眼下に京急線の線路も通っているため電車が通るたびに駅のざわめきも聞こえる。ここにいると戦後米軍基地と外国船の出入りによって繁栄した古きよき昭和の横須賀界隈の街の光景と活き活きとした人々の営みが目に浮かぶ。今でも時報は日米2つが流れる。


photo by shinichi sato

しかしikusa自体は、非常識といえるほど野生の感覚がひしひしと伝わる空間だ。まず玄関がない。トタンの壁の下部で低く切り取られた間口を低頭してくぐる。ん?なんか動いてる。メダカだ…。旧家の玄関であったであろうコンクリートのひび割れた地面には水が張ってありメダカが元気に泳いでいる。床下をくぐって家の向こうの裏側までつながっている。元オーナーのおじいさんが大切に飼っていたメダカたちが2つの瓶に残されてあり、このいのちを生かすことを第一にここに通いはじめ、この仕掛けをつくったとのこと。

メダカが主役、自分は脇役。
団塚さんの自然へのまなざしとプライオリティがよく伝わるエピソードだ。

よいしょと家に上がる。昔ながらの上がり框(メダカがいる床面から居間までの段差)が異常に高いのだ。元々10部屋の居間の敷居が取り払われ横に広く長い空間。真ん中には囲炉裏。天井の梁はむき出しでがつんと高い。壁は土壁。各エリアは大胆にも藺草を活用したしつらえで間仕切られている。向かって右の突き当りの床の間には大きな神棚が存在感を放つ。左の突き当りは溶岩で組まれた重厚感たっぷりの風呂。風呂桶の周囲には炭が敷き詰められ大きく切り取られた窓からはうつろいゆく自然が間近に。3000年以上の神代杉を切り出したテーブルと古い手洗い。茶室、見晴らし部屋、トイレは石の重みで開く…。大胆さと繊細さの同居。とにかく非常識ぶりで語りつくせない。見応えしかないです、ここは。


photo by shinichi sato

もともとの家の特徴を最大限引き出し継承しつつも新しい切り口からモダンな感性で伝えるデザイン。自然の力をより五感で感じるための仕掛け
家の中は凛とした緊張感と野生の感覚に包まれている。決して快適ではない。ただ周囲の自然と絶妙になじんで存在している。人間のためにつくったというよりは、すべての生き物に平等に開かれた素朴な温かみがある。
自然の姿が美しさの基本」とする団塚さんの思想が暮らしとして実践された空間だ。いつのまにか今回で5回目の訪問となったが来れば来るほど長く居れば居るほど、その世界観をすんなり感覚的に受け入れられる。許されるなら何度でも体験し過ごしたい空間。


photo by shinichi sato

ともあれ、彫刻やランドスケープデザインの分野で無数の作品を残し数々の賞を受賞してきた実力者。数々のメディアにも多数出演している。にもかかわらず、この20数年間いつでもフラットにほとんど変わらない態度で接して頂けていることにはいつもリスペクト。もちろん仕事や作品のことになると喧々諤々(ケンケンガクガク)シビアですが普段はあっけらかんでオープンにいろんな提案に乗ってもらえたり気軽に情報交換したり、ほんと大分男児の兄貴という印象。

そんな団塚さんが昨年から風景司を名乗りはじめた。

自身の作品集「EARTHSCAPE: 「そこにあるべき」ストーリーを生み出す〈風景司〉団塚栄喜」を出版したのがきっかけ。この作品集では過去20年の全アートワークから選りすぐりの作品を選んで編集。2人のデザイナーさんとともに約2年間かけて膨大な素材からのセレクトにはじまり試行錯誤しながらレイアウトを進めたとのこと。なんと全307ページ。もちろん完成度は高いのですが、一般的なカタログ構造のアート作品集と異なり、最低限のダイアログとビジュアルで構成されたコンセプトブック的な仕上がり。ぶ厚い本にもかかわらず、やりたいことが直感的に伝わってくるのでさらっと読めますしどこから読み始めても作品に入り込めます。ご本人も言ってましたがとにかく厚さと軽さ(キレ)にこだわったようで笑。

ひと通り読み終わって、さすが風景司のなせる業(わざ)だし風景司というネーミングがしっくりくるなと納得。
なぜなら、会社の名前も仕事もlandscape designで社名もearthscapescape=風景 という概念にこだわってるし、以前から、自然がつくった風景と人間がつくりだしたものを区別して考えること自体ナンセンスですべてScapeなんだとおっしゃっていたし。
肩書もデザイナーとかアーティストとかを超えて「空間・時間・人間との間で、ゆるやかに感性でつなげる役割」が分かるほうがいいなと思っていた。ご本人も最近先生に提案をうけた風景司の訓読み(やまとことば)「みわたさるるもののつかさ」という響きのほうが一般的に分かりやすいし自身も妙にしっくりくると。

余談ですが、ポッドキャスト恒例の100の質問委員会で「あなたのサンクチュアリはありますか?」という質問に対し「昔日本橋の街路樹で見た夕日に涙がこぼれたこと」と答えていらして、その後も都市で過ごすある瞬間、ふいに自然のあたたかい必然的なパワーを感受し同様のエモーショナル状態が起こったとのこと。
その物言いに、私、不覚にもぐぐっと涙腺ゆるみました。あらためて団塚さんのものごとを捉える際の繊細な感受性を垣間見ました。

さてさて、団塚さんはさらにアグレッシブに東京・大分・横須賀の3拠点を自由に移動しながら仕事をしています。
レースに参加するほど車やバイク好きということもあり「旅」が好きですよね。最近では東京〜大分間も車で移動してるようで「大分は近い!」とのこと(いや遠いっす 笑)。運転してると自分は動いてないのに風景が動きつづけるので発想がばんばん浮かんできて最高らしいです。動くオフィスですね。さすが風景司!

以前、越後妻有トリエンナーレにearthscapeが参加した際にご一緒させて頂いたMHCP(メディカルハーブマンカフェプロジェクト)という作品も「ハーブマンが地球を旅する」というコンセプトで作品がいろんな場所を移動して土地土地の植物から生まれていくと。それにともなってハーブマンカフェの内容も土地の植生や文化を反映したものになっていくと。自然や植物とヒトの関係を見直すきっかけになれば、という試みですね。団塚さん曰く同じコンテンツで旅をしていくとハーブマンはあまり変わらないのに風景や関わる人が変わる。つまり体験だけが記憶に残る。体験が体験を呼び次の行動のきっかけになる状態が一番面白いとおっしゃっていました。

地元大分では今まで以上に腰をすえて地域とともに体験型、ライフスタイル型のプロジェクトに取り組んでいるようです。
提唱するコンセプトが「不時泊」

不時泊とは、震災や災害、戦争など一寸先に何が起こるかわからない時代に思いがけないことが起こっても動じずやりすごせる意識や行動、一夜を過ごすあり方のこと。

大分県の竹田市で数年取り組む「perma」も不時泊のプロジェクトのひとつ。昭和のパーマ屋をリノベーションした空間。permanent=永続的なライフスタイルを実践するラボ空間。友達が来たら泊まれる場所。建物全体でソーラーや薪ストーブなど電気ガスを使わないオフグリッドシステムを採用。水も井戸水や湧き水を使う。美味しい水を呑みながら太陽の恵みを感じながら思索をめぐらせたり、夏は暑くて冬は寒い暮らしを通じて昔ながらの生活の良さを提案している。

このpermaの活動が高じて、最近では不時泊3部作として以下の家プロジェクトが絶賛進行中。

 1. 漂泊(ひょうはく)の家
 2. 空泊(くうはく)の家
 3. 碇泊(ていはく)の家

この3つの家のコンセプトもさることながら、それぞれの場所リサーチと確定に至るまでの経緯がそれぞれ直感優先で面白い。

さて、移動し続けることでますまず元気になっていく団塚さん。ここからどこに向かっていくんでしょうか。

詳しくはポッドキャストにて。是非聴いてください。

by G

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■関連URL:
アースケイプ  earthscape web
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団塚 栄喜 facebook
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NUN podcast #16
風景司 みわたさるるもののつかさ
ゲスト: 団塚 栄喜

【前編 / 58:08】


【後編 / 53:42】



収録:2023年1月20日 @ikusa
ナビゲータ: ギーコ
アジリテータ:イタミヒロシ

団塚 栄喜

風景司 / ランドスケープデザイナー

1963年 大分県生まれ / 桑沢デザイン研究所卒業
大分の幼少期の風景から、自然環境への理解とデザインの影響を受ける。世界的なモノ派を代表する関根伸夫氏に師事、彫刻表現を通じて、風景としての作品制作に興味をもつ。1999年にアースケイプを設立し、人と自然との関係性を創りだす仕掛けをデザインと捉え、体験の媒体となるデザインワークを行う。コンテンポラリーアートをバックボーンとした独創的なランドスケープデザイナー。

https://www.herbman.world/
http://outsider.jp/

主な受賞歴
2012年 グリーン・グッドデザインアワード
2012(MHCP-メディカルハーブマンカフェプロジェクト)
2000年 BCS賞・都市景観大賞(晴海トリトンスクエア )
その他、Good Design Awardなど多数受賞

http://www.earthscape.co.jp/