生ノ態【コト】

26:45からの見え方 01

ー 4月、パリ ー

飛行機から出た途端に大きなポスターが、しかも企業広告ではないどこかの音楽学校のリハサール風景が目に飛び込んできたのを見て、パリだな、と感じるのは安直に過ぎるだろうか?音楽と舞踊のしかも手肘から指先が切り取られたクローズアップ、明るい単色を背景に飛び上がる一人のダンサーの足、チェロのボディとボウ。2時間弱狭い席にベルトで締め付けられた後の開放感と共に、見るともなしにこれらの写真を眺めながら前を通り過ぎていく。まるで乗ってきた飛行機の着陸に次いで気持ちも着陸するようで、なんとなく心地が良い。

ベルリンからパリまで、三泊四日の強行日程のためやむなく飛行機を利用してやってきた目的は、大駱駝館出身の舞踏家鶴山欣也を通じて知りあった、いや、相良泰子さんと雫境くんとの企画を通じてだったか、友人の音楽家パウチ・ササキのプロジェクト”Artemis”に参加するため、ではない。スピーカーが多数埋め込まれたドレスを装着するパフォーマーに舞踏の考えを反映した動きを教えてほしい、と呼び寄せられたのだから確かにそれがきっかけではある。確かに一番大切な部分だ。でも、それよりもわたしのこころは、ラーメンに占められている。なりたけのラーメンをススることに取り憑かれている。

実を言えば、コロナ前に一度パリなりたけのラーメンは食べている。いや、もっと正確に言うと、過去に住んでいた船橋の近くになりたけの本店があり、その時分はよく食べたものだから、なりたけの名前の付いたラーメンと言うのならば一度ならず何度も口にしている。その文脈で言えば、故郷の味を堪能する機会であるとも言える。更に言えば、前回のパリなりたけでは濃い目の脂にやられて翌日のパリ歩きを断念寸前に追い込まれるくらいのダメージを負ったので、今回はその借りを返す機会でもあるのだ。肉食に少し距離を置く最近ではあるけれど、あのグロッキーだった自分を見返す絶好の機会だ。でもね、一番大切なワークショップを忘れてはいけない。フィリップ・グラスもメンターとして関わるマルチプラットフォームオペラ”Artemis”は2024年に完成予定。同時期にはNASAのアルテミス計画も予定されている。初の女性宇宙飛行士とアフリカン・アメリカンの飛行士が参加することで話題になっているが、パウチの”Artemis”では黒人女性が主人公であるため、NASAよりも一歩先んじている、と言ってもいいだろう。もし近しい時期に公開することができれば大きな反響を持って迎え入れられる、と参加する4人の宇宙飛行士の名前を発表するNASAのニュースを見て私たちは興奮した。

1on1で行う今回のワークショップは、コロンビア大学に所属するInstitute for Ideas and Imaginationにてバットシェバ舞踊団のダンサーであるロンディーウェイ・コーザに私がこれまで経験した舞踏の知識と技術を共有する。舞踏に関する本をカセキユウコさんからも借りて事前準備。”Artemis”の世界観を念頭にして舞踏の特色の中から内面性の表出と重力の二つに絞り込んだけれど、十二分に伝えることが出来ただろうか?予定には無かった「10月にテルアビブで2回目やろう!」と二人でハイファイブして、旅程の話までした意味をどう捉えようか?次回のワークショップはバットシェバのスタジオで行われ、アウトサイドアイ(なんと訳せば良いのだろう?)としてオハッド・ナハリンも参加するかもしれないというからまた何かしら用意しないといけない。

ワークショップが終わった最終日の夜に、やはり”Artemis”に関わるビデオアーティストのイベントへ向かった。そのアーティストはヴィンセント・ムーン。彼の映像は新しく撮影したケララ州のフェスティバルに関するもので、繊細かつ大胆なクローズアップが随所に盛り込まれた引き込まれるカットの連続だ。パウチは「彼は映像を聴いている」と言っていた。前述したように映像も流れていたが、そのイベントは音楽を中心にプログラムが組まれていて、そのステージを見ていると偶然にも友人が演奏しているのを発見した。ケミだった。彼は数年前にベルリンからマルセイユに引っ越ししたのだが、今日は何故かパリにいる。まぁ、向こうからしたら私も何故かパリに居るのだが。ステージを降りて来たケミに近づきハグを交わす。彼によると、今夜のラインアップは昨年企画されたアーティストインレジデンスに参加した音楽家全員が一堂に集まったのだという。20人近くいる人々は今晩の準備時間として確保した1日で、2人でも3人組でもいいのでグループを組むことに決めたらしい。参加者自身の技術とアイデアを向上させる時間を持つことがレジデンスの第一義だが、グループを組むことによって期間中に培った知識やインスピレーションを共有する素晴らしい取り組みだと思う。音楽を演奏するという時間と空間をグループとして共有することは、今晩1日だけの共有ではなく、今後も継続的に集まれるコミュニティーを作るきっかけとなるだろう。

政治、環境、経済、情報技術などすべからく危機に向かって動き続けているように見える昨今の状況を生き延びるには人々は連帯するための場所 – コミュニティーが必要だ。そのコミュニティーが民主主義を作り上げている事実はフランスの歴史を見れば明白だろう。民主主義を手に入れるということは、上からもしくは国外の勢力から与えられるものではない。”民”が”主”となるべきなのだ。ドイツでもフランスでも日本でも政治システムとして私たちは代議士を代理人として選んでいるに過ぎない。代理人がまともな仕事をしないのならば、自分が代理人となる方法もあるが、手を合わせて声を届ける、もしくは代理人を排除する方法もある。音楽は音という要素を利用して、もしくは言葉を繰り出すことで、意味を紡ぐことを可能にするもっとも直接的な方法のひとつだ。そして「デモンストレーション」という「実演する」と翻訳可能な言葉が、いわゆる「デモ」を意味するのなら、音楽ライブは勿論「デモ」の一部であり得る。年金改革に対する激しい反対活動により、パリの通りが燃えている映像を見たが(不幸?にも私が滞在中には見ることはなかった)、民衆の言葉を代理人に届ける際には戦いが必要な場合があるのだと思える、とフランスの昨今の状況を見ていると、もしくはフランス国歌を聞いてみると理解が容易い。歌詞の中に血という言葉が出てくる国家なんて寡聞にして知らない。

他にも今回のパリ滞在は、フィリピンのジャーナリストによる大日本帝国軍がフィリピンに残した爪痕のレクチャーの話など話題は色々とあるが、ここからはなりたけの話だ。メトロに乗り、デモを回避するため電車が3駅もスキップしたりしながら目指す駅に到着した。地上に上がるとルーブル美術館が見える。交差点を一つ渡るとオペラ・ガルニエも見える。だが、まったく眼中にはない。私はなりたけに来たのだ。はるばるベルリンからあの脂っこいラーメンを胃に注ぎ込み何の躊躇も憂いもなく消化するためにやって来たのだ。雨も降っている。そのため数多くのタクシーも速度を下げて乗客を飲み込んでいる。しかし今の私には全く邪魔になりえない。この三日間なりたけのラーメンを待ち焦がれて身につけた強靭な精神を持っているのだから。

3コーナーほど直進して最終コーナーを曲がり、遂になりたけの数店前まで辿り着いてみると雨が強くなって来た。わはは、もうすぐ店に入るのだ、何が問題となろうか。濃厚背脂醤油ラーメンが私の身体をコーティングしてくれる。などと考えながらも、あれ?ちょっと歩き過ぎた感じがするぞ。こんなに遠かったかな。後ろを振り返ると見慣れたオレンジの暖伩が風にたなびいている。おっとっと、ちょっち行き過ぎちゃったか、しかし、よしよし暖伩が出ているぞ、戻ってみるか。と、数歩歩くと不吉な予兆が見える。ちょっと店内暗すぎない?ねー、暗すぎるよね?あー、うん、この漢字知ってる、これプレパレーションしてるって意味だよ。準・備・中。どうしてくれるのだ。Google Mapでも確かめたんですよ、あたくしは。今日が営業日かどうかって。木曜日は営業日です!でも閉まってます!営業時間も確認したよ。11:30から開店です!もう12:00です!暗闇の中幽霊のように逆さの椅子が机の上に重ねられた姿の見える窓に、手で額に庇を作って近づいて店内を覗いても人の気配は全くなし。店を間違えたのかもしれない、と思ってまた角まで戻って歩き直してみても、もう一度行き過ぎて店の前に戻って来ても、何も変わらない。店は本日へーてんだっちゃようでぴた。

雨がやたら強く感じる。車通りもさっきより増している気がする。とぼとぼ歩く、とはこういうことなのだとこんなに実感したことないくらい、ちょぼちょぼと帰途に着く。でもね、こんな時に現れるのが新たな選択肢なのです。よく考えたらなりたけに向かう途中で他の店に並ぶ行列を見かけていたのです。Kodawari Ramen。ちょっと名前がな、と思いながらも、近くにある道産子ラーメンに行くよりは新しいお店を開拓した方が人生豊かになれるよね。と、いう事で12:00に開店したばかりのお店に入店です。

いや、ビックリくりくり栗原拓也とはこういうことです。まずは店内の装飾のこだわりに脱帽です。築地の場外を模した発泡スチロールの山の中に鎮座するサンプルの魚と氷は遠目で見るとまるで本物。値札も付いているので持ち帰り可能なのかと近づくまで見間違えていた程。客席の多くはそのスチロールのトロ箱とトロ箱の間にこしらえられている。新しい客が入店するたびに「いっらっしゃいまっせ」と、日本の居酒屋の様に唱和するのはわたしの意に沿わないが、異国の趣を出すことに成功している。カウンター席に通された私の席には、劣化加工を施した衛生管理シールや暴力団追放キャンペーンのシールが貼られている。新しいお店に行った時は必ずトイレに行くのだけれど、見てくださいこの装飾。誰なんだ大沢桃子。ラーメンは”Strongest” “Sardine Bomb”と表現された鰯ラーメンを選択。これヨーロッパのラーメン屋あるあるだと思うのだけれど、まず多くの店はスープがぬるめなんですね。しかし、ここは熱々。白濁したスープは鰯の風味が主導する豚骨スープ。その上に炙った鰯の切り身とベーコンのような香りと脂の豚肉スライス、トッピングで追加した甘みが薄く醤油の香り高いチャーシューとスープとの相性も違和感なくまとまっている。麺もスープに絡む細さで独特の粘りがある。全体的に少し塩辛いラーメンも別で頼んだご飯と一緒に食べると塩梅よく収まる。日本以外でこんな実験味溢れるラーメンに出会えるとは、さすがパリ。そして思うのは、なりたけが休みで良かった、てこと。はい、勝手なこと抜かします。チャレンジしなければ新しい味には出会えないんだと痛感したのでした。

胃のもたれは翌日やっぱりやって来た。もう脂あんまし受け付けないのね、あたし。

古谷充康

振付家、ダンサー、パフォーマンスアーティスト
舞踏技術と実践を基盤にして、必要性、可能性、偶発性を包含する動きの語彙を開発して表現することを試みている。身体や物体が重力にどのように適応しているか、またその均衡を破るために空間にこれらの事物を配置することに興味を持っている。日本大学芸術学部で演劇演技を学び、HZT BerlinにてSolo/Dance/Authorship (MA SoDA).を修了。

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