生ノ物【ヒト】

田中 昭

たなか。だけができること

五感の焙煎士

前橋市の国道沿いにある「珈琲屋たなか」。
この珈琲屋でありながら焙煎工場(こうば)であり豆倉庫でもある自慢の空間で田中さんは待ち構えていた。よく来たなと迎えられたというよりは、やっと焙煎を見せられるなというようなやる気に満ち溢れて。

案の定、店に入るやいなや「これから10kgを3回しますよー」とうれしそうな笑顔で宣言する田中さん。天塩にかけてカスタマイズした自慢の大きな富士ロイヤル製焙煎機の上に駆け上がり、おもむろに10kgの豆を一気にじゃーっと放り込んだ。

じっくりと暖められた焙煎機が豆に火を与えはじめると、一転、焙煎音しか聞こえない静かな時間が訪れる。
田中さんは物陰で獲物の様子をとらえる動物のように焙煎機の中で生成されていく珈琲豆に全神経を集中する。
しかし小窓の向こうでこんがりと焼けていく豆の表面なんて見やしない。その代わり、カツっと微かにはじける豆の音や、ふわりと漂う豆の焼け香ばしい匂いであったり、屋外から機械に入り込む風の量や外気温の湿度や気温の変化を見逃さない。
空間全体を流れる空気の微細な動きや変化に対し、感度を上げた田中さんの背中がいちいち細かく反応している。
それは手練れの即興ミュージシャンがステージ上で行う音のつかまえ方のようだ。

数分に1回、焙煎機の真ん中のシリンダーをおもむろに回し抜いてダイレクトに熱々の豆の匂いを嗅ぐ。不定期に嗅いで確かめる。
やがて、その時がやって来る。田中さんは瞬時に立ち上がり素早く焙煎機のフタを開ける。
豆の熱を取る間、しばしの余韻にひたった後、こんがりと深煎りされた大量の豆をじゃーっと大きなザルに吐き出させる。
まだ熱をじんわり有した豆の表面は、田中さんが例えるカブトムシの背中のそれと同様に艶やかに美しく光り、ゆっくり油分を内部に染み混みながら冷えて熟していく。ここから色艶の悪い豆や形の悪い豆をひとつずつより分ける儀式がはじまる。

珈琲屋たなかが標榜するRoast Age®️(追熟度)に応じた丁寧なドリップを成立させるために最もこだわるのは、この豆の実力を引き出す焙煎方法と豆選別の精度による高品質な豆づくりに他ならない。ここで一定の充実度が感じられれば、あとは「豆まかせ」だという。つまり誰が淹れても美味しい、その人にとってのベストコーヒーが届けられると自信をもって語る。
田中さん曰く「口の中でゆっくり動く格別な珈琲」がここに誕生する。

驚くのが焙煎後6ヶ月も1年も寝かせても美味しい珈琲であること。これは世界中を見渡してもあまり聞かない。実際冷えても美味しい。むしろ冷えた方が美味しい。この長く続く美味さについては、われわれNUNチームだけでなく田中さんから豆を購入した周囲の関係者のほとんどが、同じように驚いている。

田中さんの最大の特徴はリスクを恐れず採算どがえしでトライアンドエラーを繰り返すことで確信を導く直感主義であること。データに頼らず、自分のやってきた日々の実験の結果と豆自体に直接触れた時の感覚や感触を信じること。この豆だったらどういう方法で焙煎したら豆の魅力を最大限引き出せるかをイメージすること。
いいものをつくれば、おのずから結果が出て強い印象で伝わることを知る田中さんの真髄はこの職人魂にある。

珈琲の変態

今回個人的に一番うれしかったのは、「自分もあのラインナップ(NUNウェブサイトの)に並ぶんですか〜」と田中さんが喜んでくれたこと。
変態は変態を呼び、そしてつながる。一番の褒め言葉だ。

ポッドキャスト収録の後半、なにやらそわそわしはじめた田中さん。終わるやいなや「はい、ネル!ネル!ネルドリップとケーキ行きますよ〜」と勢いよくカウンター裏のたなかゾーンに駆け込んだ。早く収録終えてネルドリップ珈琲を淹れて飲ませたかったのだ 笑

珈琲の変態ここにあり

さっきまでの饒舌にしゃべる田中さんのモードは一変した。
丁寧に豆を挽き弱火で湯をわかし豆が放り込まれたドリッパーの向こうの世界に没入する。またしてもしばしの静寂が訪れる。
この時間だけは邪魔されたくない、いやいや邪魔する余地もない。珈琲の変態ぶりがもっとも現れる時間だから。

そうやって目の前に出された珈琲は美味くないはずがない。
なにを隠そう飲む器も各国から集まったアンティークコーヒーカップばかり。
ゆっくりグラマラスに口の中で広がる極上な時間と体験。

豆まかせとはいうものの、今この瞬間のその人のための珈琲が相手にゆっくりと届く一期一会の時をもっとも楽しんでいるのは田中さんに他ならない。

ご本人曰く、毎回次はないつもりで珈琲を淹れているという笑

さてこれから何回珈琲屋たなかにいくだろうか。
この調子だと、行くたびに珈琲がどんどん美味しくなっていくことは想像に難くない。
もはや、それは珈琲じゃないより極モノな何かになってるかもれない、、とか、、

by G

NUN podcast #23 「たなか。だけができること」
ゲスト:田中 昭(焙煎士/珈琲屋たなか店主)

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45歳になるまでコーヒーをほとんど飲めなかった人間である自分はコーヒーを挽く香りがあまりにも好きで、にもかかわらずコーヒーを飲むと気持ち悪くなるという体質を10数年かけて訓練して飲めるようにしたという経緯を持つちょっとした変態である。
遅咲きながら自分のお気に入りのコーヒー探しの旅に出たまま帰って来ていない人でもある。
コーヒーの旨さとはなにか?果たしてコーヒーは旨い飲み物なのか?(笑)などと自問自答しながら未だ旅の途中にいる気がしているのだがまあ人の数だけお気に入りのコーヒーがあるわけで、それこそ豆の種類、精製方法、焙煎方法、挽き方、淹とし方、、、、と
”方法”と”種類”の宝庫過ぎて、その探求世界はあまりに広大な焦茶色の沼なのでした。
それでもどうやら自分の好みは深煎りの珈琲だと言えるくらいのところまでは探求してきたものの、一言に深煎りと言えどもいろんな深煎りがある。。深すぎる、、この沼。。

そんな広い広いコーヒー沼において独自すぎる指向性で活動する田中昭氏は自ら商標をとったコーヒーフリーク®の名にふさわしい珈琲の変態である。NUNではおなじみの三浦さんにお誘いを受けた音の森というイベントは70ch程のスピーカーで織りなす究極の音体験と珈琲屋たなかのコーヒー体験の共演だった。
大人数配布お淹しによって淹れられたコーヒーを試飲した時その新次元の味覚と田中氏の解説における発言の端々にただならぬものを感じた我々はその日のうちにアポを取り今回前橋の店舗を訪ねたのだ。前橋にある「珈琲屋たなか」は 喫茶店舗であり 焙煎所であり倉庫でもあるというコーヒーに関わる全てを兼ねた場所でまさしくコーヒーフリークの基地・アトリエというのにふさわしい空間だった。

珈琲屋たなかの珈琲豆は深煎りである。
音の森イベントで体験して2点においてハッキリ白眉だと感じたことがある。
1.冷めても美味しい。むしろ冷めてなおいっそう旨い。
2.お湯の温度や挽き方、淹れ方に極力左右されないように仕上げてある。これは買った豆を後日淹れてみてわかった。
(※勿論田中氏本人が全集中で淹れてくれる一期一会のコーヒーには届かないまでも、、という意味で)
更にRoast Age®という概念。これがとんでもないことで、完璧な焙煎を施すことで豆自体が熟成しさらに風味を増していくという醸しの領域に踏み込んだイノベーションなのです。

田中氏曰く「豆の持っている実力を引き出す 最後の最後は豆が働いてくれる」という。
試行錯誤と実験を重ね経験と研鑽を積み上げたからこそ豆を活かす感覚世界が拡張するのだろう。
音・色・香り・湿度・温度・気候や風までも読み取る直感力で更に未踏の場所を探検していく焙煎のフロンティアだ。
フジロイヤル焙煎機10kg用を回す傍でハズキルーペを装着し焙煎し終えた豆のピッキングをしながら話すたなかは終始楽しげでそこはかとなく昔気質の職人のオーラを醸し出している。
豆の仕入れから最後の一滴を落すまで、全ての場面で見極めをできるのはたなかだけ。
そしてたなか自身がその時間を全身全霊で楽しんでいる。無論こちらも楽しくなる。
美味しい。嬉しい。実にシンプルだ。それでいい。それがいい。コーヒーを飲むというそれだけの行為が至福の時間体験になる。

多分それ、いい時間を作ること(楽しむこと=質を高めること)に関わるアイテムだからこそコーヒーは魅力的なのだ。音楽という時間芸術と相性がいいのもその所以によるところが大きいと思う。
真剣にコーヒーを淹れて味わう事=香りで空間を満たし時間を耕す行為なのだ。
だから自分も何年もかけてコーヒー飲めるように頑張ったんだな、、と思い当たる。
ポッドキャストのインタヴューではコーヒーの旨さとはなんなのかという個人的命題についても腑に落ちる持論を語ってくれた。
「高級な食べ物は口に含んだ時にゆっくり動くと思うんですよ。そして余韻が長い。」これはいい表現だと思う。
豆を炒るときデータが判断を阻害するという話も非常にわかりみが深いものだった。
自分も成功体験に依存しがちだから物事をゼロベースで捉えることを心がけている。
他にも「好みってそんなに簡単にわかるもんじゃないよね」とか「好きなものを探すのって楽しい 発見したときの喜びがある」
「ひきだしがふえることはいいこと」など体験から滲み出る名言がサラッと飛び出すのでぜひ文脈の中で聴いてみてほしい。

NUN podcast #23 「たなか。だけができること」
ゲスト:田中 昭(焙煎士/珈琲屋たなか店主)

美味しい時間、豊かな時間を作るための要素・選択種は多い方がいいに決まっている。

攻殻機動隊が好きだと語る田中さんだが
さてこの特殊感覚とも言える”ゴーストの囁き”を聞くことのできる焙煎の伝承は当然一子相伝しか無いのだろう…と気の早い自分は思いを馳せるわけですが、最近ではご子息も焙煎をし始めているという話を聞くにつけ、さらに新しい世代の感覚で珈琲屋たなかのローストエイジが継承され、どう進化していくのかそれもまた実に楽しみなのであります。楽しみが増えるのっていいですね。

旨いコーヒーを表す言葉などもうどうでもよいわ、やっぱり言葉にならないこと、目に見えてこないことのほうが本質なんだわなどと独りごちながらまた”珈琲屋たなかの珈琲”が飲みたくなる。世にある嗜好品の中でも最もポピュラリティーを獲得したコーヒー。
嗜好品中の嗜好品ですから淹れる時はそりゃ気合が入りますよ。
新しい人と出会い話すということ、さらにその人の日常の仕事場を見せてもらうということは自分にとって未知の景色を見るという体験で、その人が見ている世界の突破口をほんの少し垣間見せてもらう経験でもあるということを身にしみて感じ入ったのです。

変態には価値観を変換する力がある。

by H

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◆関連URL
◯珈琲屋たなか 公式HP
 https://roastage.coffee/

◯珈琲屋たなか instagram
 @coffeeya_tanaka_a

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NUN podcast #23 「たなか。だけができること」
ゲスト:田中 昭(焙煎士/珈琲屋たなか店主)

【Total time : 95分】
2024.3.11  前橋市 珈琲屋たなか店内にて収録

田中昭

焙煎士 / 珈琲屋たなか店主

群馬県渋川市出身。1998年より珈琲業界に携わる。前橋市内にある県内外から何年も通い続ける人があとを絶たない人気の自家焙煎コーヒー専門店「珈琲屋たなか」のオーナー。コーヒー教室やコーヒー講座開催実績が多数あり。