Wold Listening Day 2022「間(あわい)を聴く」
耳を澄まし「音風景」を感じる。暮らしや時間の断片に触れる。
今回の会場となったのは稲村ヶ崎にひっそりと存在する古い洋館 塚野邸
築100年以上は、とっくに経過したであろう趣のある佇まい。
奥に入ると、長い縁側の真ん中に広い囲炉裏の空間が現れる。
奥側の壁は一面すべてが取っ払われており、山肌がむき出しに現れている。
全面萱で葺いた天井は高く、むき出しの無骨な柱が大胆にシンプルに建物を支えている。
「はたしてここは中なのか外なのか・・・?」
とにかく、自然との一体感を感じる家。
建物の海側の庭は竹やその他の雑木に囲われてるため海に近い割にはダイレクトに海感は感じないが、ほのかな潮の香りとともにゆったりとした南国の時間が流れている。
広く余裕のある間取りからするに、かつては人が訪れては物や情報を交換する場所であったろうか。
いにしえの情景が浮かぶ。
そんな時間の積み重なりと自然のパワーを感じる空間のフロアには、それらとは真逆といっていいTokyo Phonographer Union(以後TPU) のメンバーがセッティングしたPCやケーブル、音響機材が雑然と並んでいる。
ドラムやギターやサックス等の「楽器」ではない「デジタル機器」だ。
まったく相容れないように見えるが、これから何がはじまるのか・・・?。
集まった観客(=リスナー)も、自然を感じる囲炉裏空間の持つポテンシャルに魅了されながらPhonographerたちと同じ気配を感じ同じ空気をシェアしている。もはや境界もない。土地の時間や記憶の断片に耳を済まし一体化するのみ。
おもむろにオーガナイザーであるマルコス・フェルナンデス氏のガイダンスがはじまった。
ジョーク半分「今日は演奏せずに、このままでいいんじゃない…」と。実際、このポテンシャルを秘めた空間では、すでに何かがザワザワ始まっている。期待感が高まる。
夕方にかけて大雨予報ということもあり、雨が本格化する前に主要プログラムのひとつサウンドウォークへ移行。
「身近な風景に耳を傾けてみる。いままで気づかなかった物音を聞いてみる。」全員参加のプログラム。この日は目の前の湘南海岸に向かう。同じく湘南エリアに住む自分にとって海の音は正直さほど新鮮ではなかったのだが、波の音を聴き砂浜を裸足で踏みしめると肩の力が降りた。
江ノ電の音が横須賀線や京急線と異なる丸みある軋みとクラシックな響きである点に気づいたり、途中にあったの名前が「音無川」であったのが「音有」なイベントとの偶然の関連で印象的だったり。山からの水と海からの水がぶつかる地点で音が無くなるといった意味か。この日は音が無くならなかったが…。
塚野邸に戻り、いよいよTPUのメンバーそれぞれが日常的にフィールドレコーディングして持ち寄った音源によるメインセッションがはじまった。現れては消える多様な音の断片と集積。自然の環境音、お祭りのお囃子、活気ある市場の売り買いの声、工場の気発音、街の雑踏、鳥や蝉の声、学校の風景など、街や自然、地球のいろんな場所を旅しているかのよう。傍では襟草丁(Tei Erikusa)さんが紙に黙々とドローイングしている。
…と、次に、地球の音もセッションに参加しはじめた。
はじめポツリポツリと間隔を空けて落ちていた雨水のしずくは、やがて線状になって細かく流れ落ちるようになり、ついには激しく地面に打つほど急激に勢いを増していった。いわゆる夏らしい、どしゃぶりの光景。
神妙にデジタル機器に向かうTPUメンバーと、その背景に迫る自然の雨との対比。雨の飛沫はデジタル機器をじわじわ侵食しはじめている。
一見吹き出しそうなリスクある状況が特別なエモーショナルなセッションを生み出しす原因になったことは間違いない
日常と自然の偶然の癒合。
時間とともに変化する雨、風、木々や葉や地面を打つ音。ちょうど夕刻であったことで光の陰りもあいまった。
TPUメンバー面々は、1時間の演奏の間ほとんど体の姿勢やフォームを変えずPCに向かっているように見えるが、実は自然のきまぐれな変化やハプニングに対し動揺したり興奮したり、個々の内面を開いて起伏あるエモーショナルな時間を楽しんでいる様子がじわじわ伝わってきた。開始からどんどん加速して音風景を何枚もの絵に落し込んでいくテイさんの熱量も印象的。彼女は以前ランチパッドギャラリーの回で共演し
この塚野邸での開催のきっかけとなった人であり場所をよく知っていることもあり、さりげなく植物の器をドローイングペーパーでアレンジして配置するなどきめ細やかに空間の雰囲気作りに関与している。個々の日常の音風景は間隙を縫って浮かんでは消え重なっては反発したりを繰り返し、時折、リスナー百人百様の記憶や時間ともリンクする。
間(あわい)を自由に出入りする森羅万象のもつイマジネーション
間(あわい)を深く意識し、からだで感じるからこそ生まれる奥深いサウンドスケープ
さまざまな条件が重なり偶然生まれた最高のネイチャーセッション。
あっというまの1時間。
終わってまもなく、さらなる没入感を期待する自分がいた。
臨界点での開催による偶然性の発現。一期一会の音の響きの楽しみ。さらに欲をいえば、観る側ももっともっと境界なく参加できたらいい・・・可能な限りで・・・。
by G
当日のセッション音源は以下ポッドキャストより、ご視聴ください。
World Listening Day 2022「間(あわい)を聴く」
Tokyo Phonographer Union free session
(収録:2022.07.16 / 60 min.)
—————————————————-
World Listening Project
https://www.worldlisteningproject.org
Works Listening Day
https://www.worldlisteningproject.org/world-listening-day/
Tokyo phonographer Union
東京フォノグラファーユニオンは、フォノグラフィー技術や聴覚環境、私たちを取り巻く音を聞き耳を澄ますことに基本的関心を持ち、献身する世界中にあるフォノグラファーの団体のうちの一つです。
東京フォノグラファーズユニオンは環境の中の「音を聴くこと」「音を楽しむこと」をテーマに ワールドリスニングデーを含め数多くのライブ•イベント、サウンドウオークやワークショップを開催している。
フォノグラフィーとは、野外録音によるアート作品、もしくは自然音の純粋な記録としてではなく、野外録音を作品制作の意図を持って使用することを指します。 音源を加工したものも未加工(そのまま)のものも作品制作において使用されます。
http://www.soundingthespace.com/japanese/tpu/index.html
World Listening Day 2022「間(あわい)を聴く」
- 日時
- 2022年7月16日(土)14:00
- 会場
- 稲村ヶ崎 塚野邸
- 出演等
- Marcos Fernandes、Kio Griffith、入口可奈子/Kanako Iriguchi、岡田晴夫/Haruo Okada、清水博志/Hiroshi Shimizu、Carl Stone、襟草丁/Tei Erikusa (live painting)
World Listening Dayとは、World Listening Project (WLP)とMidwest Society for Acoustic Ecology (MSAE)によって共同で運営される世界的イベントです。 World Soundscape Projectを導き、Acoustic Ecology(聴覚環境)と呼ばれる新分野の研究と実践に世界中から興味を惹きつけた「The Tuning of the World」という強い影響力を持った本を著した、 カナダ人の作家、教育者、哲学者、ヴィジュアルアーティスト、作曲者であるR. Murray Schaferの誕生日である7月18日がその日に選ばれました。
サウンドウォークは、近隣もしくは指示されたエリアの自然な音風景を発見し楽しむために、環境の音に意識的に耳を傾けながら歩くイベントです。 (landscape 風景:soundscape 音風景、landmark 目印:soundmark 耳印)